たとえ親でも、子供を完璧にコントロールすることはできない。
どれだけ幸せを願っても、子供は悩んだり泣いたり葛藤する。それが当たり前だ。
ぼくたちは、
他人に対してもっと無責任になってもいい。
その代わりに
じぶんに対して、もっと責任をもつことだけでいい。
— にっくん(大西伸哉) (@shimanikun) 2016年10月10日
「幸せでいてほしい。」
大切なひとに対して抱く当たり前の感情だ。
でも、気をつけないといけないことがある。
「幸せ」を願うことはできても、
相手を「幸せ」にすることはできないのだ。
「幸せ」を選ぶのは相手自身。
あなたが相手を「幸せ」にしたくて、
たくさんの時間をかけて選んだプレゼントが
必ずしも相手を「幸せ」にするとはかぎらない。
あなたが相手を「幸せ」にしたくて、
選んだ言葉が、
必ずしも相手を「幸せ」にするとはかぎらない。
そのことを忘れてしまうと、
じぶんがしたことに対して、
相手が喜んでくれないとき、
相手を責めることになってしまう。
「幸せ」を選ぶのは相手自身。
ぼくたちはだれかを幸せにすることができない。
ぼくたちにできるのは、
だれかの幸せのために、
じぶんが撒ける「幸せの種」を撒くこと。
どの種から相手の幸せの花が咲くかは、相手次第だ。
「じぶんにできること」と「じぶんにできないこと。」
をしっかり認識しておくことが、
人間関係を円滑にしてくれるね。
●
相手のためを思って、何かをしたとき、
相手が喜んでくれないとがっかりするよね。笑
だれもがそんな経験があると思う。
「せっかく●●したのに。。。」と思うときだ。笑
この前、東京に行ったとき、
さとちん(妻)に、お土産に甘い物を買ったんだけど、
イマイチ好みじゃなかったみたいで。
ひとくち齧ってみて、
「いまはこれはちょっといいかな。」と言われた。笑
「せっかく選んで買ってきたのに,,,」と思ったよ。笑
でも、それは相手が選ぶこと。
ここで、、、、
「ええ~~。せっかく買ってきたのに、、、」と
こちらが怒って相手を責めてしまうと、喧嘩になります。笑
(実際、そう言ってしまった。冗談ぽく可愛く言ったので大丈夫だったけど。笑)
例え、大切な人であっても、
ぼくたちは、相手を幸せにできない。
幸せにしたいと思って、
何かをすることはできても、
幸せを選ぶのは相手自身なんだ。
相手が不機嫌なときは、不機嫌させてあげること。
相手が悩んでるときは、悩ませてあげること。
相手が泣いてるときは、泣かせてあげること。
相手の幸せを願い、できることをしながらも、
相手のそのまんまを尊重してあげること。
そんな大きな愛を選んでいきたいね。
にっくん